(この文章は、長いです。しかし、時代はもう、このことを真っ直ぐに扱うべき段階まで進んでいます。これらの内容は一旦すっかりおさらいし、その遙か先に進んで行く必要があるのです。ここで言葉にされたこの内容は、とても重大な事実ではありますが、、、途中までではネガティブな印象が残りますので、読まれる方は最後までお読みください。既に皆さんよくよくご存知の事実かもしれませんが、それも含め、「読む必然」を感じるられる方に向けて押し出されてきた文章です。なお、この文章は、「この事実が、一刻も早く社会常識になる様、強く献身しなさい。今それをしなければ、言葉にすることすら出来なくなります。」とのメッセージと共に与えられました。NOWの記事云々を超えて、私たち人類の言葉として、共に社会常識として行きましょう。ありがとうございます。)

 

時代を導く皆様へ

 

愛でありましょう。
この先、何がどの様に顕われ、展開しようと、、、正義のために戦うのではなく、批判するのでも、もちろん、困惑し不安を掴むのでもなく、、、どこまでも限りなく愛でありましょう。。。力少ない思いとしての愛ではなく、、、無限力を伴った真の愛でありましょう。。。それ以外に、答えはありません。

戦いは、長引きます。そして、勝とうが負けようが、決して解決しません。同じ規模の同じ問題が、次の時代にそのまま受け渡されるだけです。愛だけが、全てを一元に昇華します。愛でありましょう。

しかし、この「愛」が実に深い。ここで言う「愛」は、一般に共有されているような情緒的なものではありません。善意でも、良かれと言う思いでも、ゴールが想定された願いでもありません。。。

愛とは、ただただ「実在」です。この宇宙より遙かに大きく、太陽よりも眩しい、、、すべての源であり、原動力であり、フィールドであり、、、それらすべてを超越している、唯一なる偉大な「実在」です。常に、その「無限の愛」と一体であるが故の完全な至福に棲まいましょう。その状態になるために、日々愛を磨きましょう。私たち人類は、誰しも、そのことを人生の第一義にするべき時代に突入しています。余力で向き合うテーマではなく、常にど真ん中に据え、真剣に対峙するメインテーマです。

情報には、「深度」というものがあります。様々な情報を、ニュートラルに見詰めていると、、、何が真実で、何が未成熟な情報で、何が「意図」を伴った汚された情報かが、自然と明らかになります。そして、時代は、世界的な意図によって、超監視社会へと邁進しています。ある大国の台頭によって、、、この社会システムにおいては、「配慮や礼節を排除し、問答無用に躊躇なく奪い取る方が強い。その様な絶対支配が唯一の道だ。」という近視眼的結論に至った多くの権力者、政治家、経営者、知識人、特権階級層が、空前の規模で生まれたのは、間違いありません。そして、「その流れには逆らえない、生き残るにはその流れに合流するしかない。」と判断したチームリーダーは、更にたくさん生まれました。

主要メディアを通して、私たちが目にすることができる情報、政治家や専門家の見解は、印象操作を巧みに駆使しつつ、超監視社会の完成に向けて、意図的に民意を煽動するものが実に多く、そうでないものは放映されない傾向が非常に強いです。その発振者当人も、間違いなくそのことを知っています。知っていながら、その事実とは違う内容を語りつつ民意を誘導しています。

もし、このことを知らずに荷担しているのなら、その人は、能力を問われています。何故なら、熱心に探求し、真摯に見詰めれば、誰でも見えてくる事実だからです。更には、彼らこそは情報の専門家であり、その精度への社会的責任を担っているからです。そして、もし、知っていて荷担しているなら、、、それが、推進者としての荷担であれ、保身のための荷担であれ、自分の知る真実とは別の情報で誰かを欺いているのですから、、、その人が問われているのは、人間性です。意識の成熟度、と言った方が相応しいかもしれません。誰もが、実は愛そのものだからです。

彼らは、まだ識らないことがあるだけです。

彼らが目指す社会システムは、「結託」しか生まれず、「真の一体性」はありえないことを、彼らは知りません。少なくとも、直視できていません。トカゲの尻尾と本体とは、常にギリギリのせめぎ合いで、、、本体であり続けるためには、隙を見せず、勝ち続けるしかないため、巨万の富と権力が手に入ろうとも、、、決して平安は訪れません。どこの誰であれ、いつでも尻尾に成り下がり、あっさりと切り捨てられるリスクと隣り合わせだからです。そんな世界を真に望む人は、誰もいません。実はそのことを充分に知っている自分自身をも欺いていることを、まだ直視できていないのです。

彼らは有能です。勤勉です。バイタリティも忍耐力も緻密さもあります。人間として優れた要素を、実に沢山持ち合わせています。ただ、彼らは、まだ識らないことがあるのです。

彼らは、自分たちこそが「選ばれし者」だと信じていますが、その「優越意識」が幻想であることを識りません。「優越意識」を持つ人こそ、人として「最も優れていない」選択を平氣でするということに氣付いていません。

彼らは、カルマの法則を知りません。与えたものが、与え返される、という厳格で正確な法則を知らないのです。水を張ったタライの真ん中に滴を垂らすと、波紋が広がり、跳ね返って、また真ん中に集まります。映画サウンド・オブ・ミュージックでも、「これ程の幸せを与えられるなんて、きっとどこかで、私も良いことをしたんだ」と歌われていた様に、誰もがどこかで、このことを知っています。「因果応報」「天網恢々」「見てござる」などなど、この絶対法則を示す言葉は、世界中に存在します。自明の理です。

しかし、それは、一般で言われている様な、「天罰」ではありません。

私たちは例外なく、愛から生まれた愛そのものであり、その愛を完全なレベルに磨き上げ、遂に必ず実現することを目的に、個別化した意識を体験しています。この広大無辺な「体験事象(宇宙)」は、その為に存在しています。そして、そこにある法則は、「完全な愛の実現」の為に、完璧に整っています。

ある行為を選択したとします。それが、すべてのすべてに適った愛そのものであれば、カルマは生じません。愛を放ち、愛を受け尽くすのみです。もし、未成熟な意識状態で、何か(行為、言葉、感情等)を発した場合、、、そのことに起因する、全ての人の全ての体験を、、、時空を超えて、自分自身も体験するのです。「あの時のあの選択は、同時に、この様な体験も生み出していたのか。。。」真の自己に回帰するある段階で、そのことをありありと思い知り、、、完全なる愛への旅が、本格的に始まるのです。右手が、全体と切れた自分勝手な意識で左手を叩いた時、、、時間差を設けて、その痛みは自分のものでもあったと識ります。結局のところ、私たちは、たった一つの大いなる意識です。それこそが、愛の真実です。そのことに氣付き、シフトを重ね、それが実感となり、、、遂には、それそのものとなる、、、それが、私たちがこの宇宙を体験している唯一の目的です。そしてそれは、宇宙自体の目的でもあるのです。

彼らは、このカルマの法則を、まだ知らないのです。知っていたら、恐ろしくてとてもできない様な数々を、その有り余る能力を駆使して、日々実行しているのです。彼らの体験する魂の旅が、恩寵に満ちた限りなく尊いものとなるよう、、、最奥からの愛の祈りを祈りましょう。。。

無知は無力です。やはり、識っていることは大切です。しかし、それは、怯えたり、批判したりするためのものではありません。。。愛という、最も力強い「意識の眼差し」を注ぐためのものです。

「私たちは、あなたも実は知っている、ということを識っています。そして、あなたが、いずれ間もなく、より相応しい選択に目覚めることも識っています。カルマの清算を伴った、あなたがこれから辿る道が、愛と恩寵に満ちたものとなります様にと、同志同胞として、愛の祈りを捧げます。」と。。。

この文章をここまでお読みの方は例外なく、これまでに「決定的なシフト」を何度も体験されているはずです。そうでなければ、こんな文章をここまで読み進めたりは絶対にしませんから(笑)。ですから、皆さん、よくよくご存知の筈です。真実の成長は、「自発」の中からしか生まれない、ということを。外圧によって形だけ整えても、それは変容ではありませんし、内側に鬱屈した感情が残ります。愛には近づけないのです。彼らの選択が、内側から変容しない限り、この時代は呼吸のしづらいものへと進むばかりです。無条件の愛でありましょう。彼らがここまで徹底的にこのような選択をしてくれなければ、私たちがこれほど真剣に「愛」に向き合うことは出来なかった筈です。愛と感謝の祈りを捧げましょう。。。

実のところ、愛には対象はなく、ただ完全に満ち亘る意識そのものです。ですから、誰に対しても、いつでもどこでも、愛が愛として溢れます。私たちは、必ずその状態に至ります。私たちが、彼らの選択に心が乱れるなら、彼らの選択には重要な意義があります。私たちが、更に愛を深めるために欠かせない「何か」だからです。私たちが、彼らや彼らの選択にも、ただ無条件の愛であり、祈りを捧げられたら、、、彼らの選択は役割を終え、崩壊を始めます。そして、本来の姿へと自ずと変容して行きます。

私たちは、この、「愛」という「意識の眼差し」が持つ無限の力を、早い段階で、絶対に体験し尽くさないといけません。愛でありましょう。私たちは一人残らず、一切の例外なく、愛から生まれた愛そのものです。そして、そのことを実現するために、今この瞬間も、これまでもこれからも、常に常に、全体のために愛としての存在を提供し続けています。その自覚の有る無しに係わらず。

そして人類は、いよいよあからさまに、愛の最も愛たる表われを顕わす時代へと突入したのです。故あって、その先導役である私たちは、、、いつも、どこでも、何に対しても、、、常に常に、突き抜けた愛で在りましょう。。。

その為に必要なことは、とてもシンプルです。完全な愛を体験し、よく識り抜き、あらゆる瞬間、24時間365日、常に常にその愛に一点集中し続けるだけです。そして、それ以外にはありません。様々な霊的道は、すべて、このことを実現するための様々なアプローチに過ぎません。そして、大変有り難いことに、私たち人類には、その為の道が、嘗て無いほどに開かれています。共に、それぞれの道を邁進し、愛そのものとなり、愛として生きましょう。

存在とお働きに無限の感謝を捧げます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。

Sarva Dharma Centre NOW
共同代表 鶴飼哲也

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