真の教育のための学校 NOW

Normalized Organism for the World

師との出会い

(鶴飼哲也)

 その瞬間は、必ず誰にも訪れる。もちろん、その形は、千差万別、誰一人として同じものはなく、その人固有の出会い方がある。しかし、その瞬間は、必ず誰にも訪れる。

 

 その日、それは、私にも訪れた。

 

 我が生涯の師、マハヴァター・ババジ、余りに美しい偉大なる聖者である。

 Mahavatar Babaji.jpg

 私が、この偉大なる師に出会うことができたのは、その存在を知ってから、一年以上経った日の未明である。

 

 私がその存在を知ったのは、2016年10月、スワミ・ヴィシュワナンダ御来日の時だ。京都の妙心寺で行われたサットサンガの際、スワミご自身が、幼いころのババジとの出会いについて話してくださったのが最初だ。しかし、その時は、それ以上ではなかった。

 

 その数か月後、2017年2月、アートマ・クリヤ・ヨーガの2日間の講座を受講した。初日の講座が終わってから、自分の20~30m先に、高さ20~30mの白く光るババジのタワーが現れた。歩いても、車を運転しても、常に自分の前に、そのタワーは見えた。この不可思議な現象を、自分でも不思議なほど静かに、ただ眺めていたのを覚えている。 

 

 京都のスワミ・ヴィシュワナンダのサットサンガの中では、「サットグル」についても学んだ。霊的成長において、サットグルの存在が必要不可欠であること、どの人にも、ただ一人のサットグルがいること、本人の準備ができた時、サットグルの方からその人を見つけに来る、ということ。スワミは、ある文章で、「あなたは100人の師(グル)から学ぶことができるが、(あなたを神のもとに導く)サットグルはただ一人」とおっしゃったが、そのサットグル。

 

 その時から、自分のサットグルは誰なのか、という問いが、常に、静かに自分の中に留まっていた。その時点で、私には、縁深きアヴァター(神の化身)が3人も現れ、「ただ一人」というサットグルを敢えて保留する日々が続いた。サティア・サイババ、パラマハンサ・ヴィシュワナンダ、マハヴァター・ババジ。私の様なものでも、彼らが、神たる宇宙大生命と完全に一体の、完璧な化身であることは、はっきりと分かる。が故に、余計、誰が自分のサットグルかが分からない。「準備ができたら、向こうから見つけに来てくれる」と言うのだから、氣にせず、ただ日々一瞬一瞬を大切に、成長を重ねるのみである、ということを、都度都度確認していた。

 

 時を同じくして、「ババジに集中しなさい」というメッセージを受けていた。「宇宙のすべてにとっての最善」という視点を常に保ち、与えられたメッセージ通り生きることが既に体質化していた私は、ただ、メッセージの通り、ババジに集中する様に努めた。ババジに集中すると、自分の守護の神霊や指導霊、霊性の高い縁深き魂たちが喜ぶのが分かった。しかし、それも、それ以上のことではなかった。

 

 2018年3月、それは突然起きた。ある日の未明、突き上げる様な激しい祈りと共に目が覚めた。というより、目覚めた時には、既に激しい祈りの中にいたのだ。「おお、偉大なる聖者、マハヴァター・ババジ。どうか私に、あなたに帰依することをお許しください。あなたの帰依者として生きることをお許しください。」それまでに体験したことのない強く激しい祈りは、小一時間続いた。そして、遂に、その祈りを受け入れていただいた瞬間を知った。扉が開き、霊的光が注ぐのを、確かに感得したのだ。額を床に付け、感謝の祈りが更に小一時間続いた。

 

 止めようのない祈りがひとたび収まり、私は寝室を出て、リビングにある一番大きなババジの写真の前に行き、再び床にひれ伏し、感謝の祈りを捧げた。ひとしきり祈り、顔を上げ、立ち上がった時、サイババが心から喜び、祝福してくださったのを感じ、これにはさすがに耐え切れず、感動のあまり嗚咽した。サイババには、本当にお世話になっており、力強く護り、導いてきていただいており、その無限の愛に完全にやられていたので、猶更である。

 

 それ以来、常に胸はババジで一杯になる。

 

 正直に言うと、実は、それまで、「誰にもサットグルの存在は必要不可欠である」ということには、完全には納得していなかった。実感が湧かなかったと言った方が近い。もちろん、疑いなどなかったが、実感がなく、よく分からなかったのだ。それまでも、常に、この宇宙という偉大なる生命を感じていたし、この宇宙絶対統一神に常に心を合わせていた。そして、確かな導きを受けながら、日々一瞬一瞬を重ねていたので、その宇宙大生命と、それと完全に一体のアヴァターの、一体どこが違うのか、どんな違いがあるのか・・・と、疑いのない問いがあったのだ。

 

 しかし、その違いは、余りにも大きく、あまりに歴然としていた。それは、内発する愛と喜びの強さ、眩しさ、新鮮さとして実感された。宇宙への坦々とした揺るぎない帰依が、7色に光る情熱的な恋慕にシフトしたのだ。間違いなく、間違いなく、サットグルとの出会いは、必要不可欠であり、人生のすべてと言っても過言ではない。今は、そう断言できる。

 

 ⇒ 次のページ : ここまでの道のり(幼少から高3:流される人生の終わり)

 

 

 至高の目的 

◆ アートマ・クリヤ・ヨーガの精髄

◆ 時代の要請

◆ 師との出会い

◆ ここまでの道のり(幼少から高3:流される人生の終わり)

◆ ここまでの道のり(高3から30歳:訓練期間)

◆ ここまでの道のり(30歳から:チューニング通りの日々)

◆ 「NOW」という生き物

◆ 現在地(2019年3月1日)

◆ スピリチュアルリーダーに会いに行く

 ・ その1 ある僧侶に会いに行く 

  

 

 

私を通して展開するイノチ(鶴飼哲也の場合)

わたしをとおしててんかいするいのち(つるかいてつやのばあい) 

 

 

 

 

2019.03.25 Monday